最近の講演 2014芸術工学会旭川大会

2014/6/28芸術工学会シンポジウム「地域におけるデザイン・ものづくり教育機関の役割」の問題提起に先立ち、検討作成したメモより講演概要を紹介します。

 

講演「地域視点からのデザイン教育体系再考」

澁谷邦男  (北のデザイン研究所•東海大学名誉教授)

 

1 はじめに  幕を下ろした東海大学旭川キャンパス

 三十年前に私は東海大学湘南校舎から旭川校舎に移りました。四十二年前開学の工芸短期大学の諸先生と、四年制になり建築の高田秀三先生、デザインの出原栄一先生らが基礎をつくられたキャンパスです。その後十数年間、鈴木庄吾先生らと最北の都市でも最高レベルのデザイン教育を、とエキサイティングな日々を過ごしました。日本で九州芸術工科大学に次ぎ二番目に開学された芸術工学部が今年三月に幕を閉じることを惜しみ、芸術工学会斎木会長の強い意向により、学会の春期大会が旭川で開催される運びとなりました。心より感謝申し上げます。

 五年前、旭川市民は東海大学が経営の観点から撤退することを突然知らされ、衝撃を受けました。その時は、少子化をはじめさまざまに激変する昨今の状況にやむをえないと感じた人もいたかと思います。しかし時経ずして、いかに地域にとり創造教育研究の大学の存在が大きかったのかと、改めて地域のものづくり•デザインの高等教育機関の意義、あり方の再検討とそれに変わる大学をつくろうと、市民運動が始まりました。今日私の次にお話し頂く長原實さんはその中心である「公立ものづくり大学(仮称)をつくる市民の会」の会長です。

 会の研究会など一連の活動を通して、また遡りますとこのことを契機にして発刊されました「旭川デザイン史(旭川デザイン協議会)」および「日本•地域•デザイン史(芸術工学会•美学出版)」の編集を通して、地域の高等教育研究機関に求められるものは、今後新しい次元に入ると確信するに至りました。 

 そのポイントは、地域が国などへの依存体質から脱して独自の視点とビジョンを持ち自律性を高めるとともに、高校をはじめ、技術訓練校、各種学校、高専、大学などで「ものづくり•デザイン教育」が可能であればそれら高等教育機関と、関係する企業や団体、行政機関、市民など地域全体で、明日の地域を構築していく人々を育てるしっかりとした体制をつくることです。

 

2 地域の視点から

 中央の視点と地域の視点のギャップは近年徐々に拡大し始めました。

 我が国で共通と考えられていたれてきたものの見方は、中央を頂点として地域を従えるピラミッド構造を無意識的に前提としてきましたが、東京、大阪など大都市以外の各地域社会で就業機会が増え、高等教育機関も整備され、生活の充実と社会的自律が進みました。その結果「地域のいいとこ取り」や、過密都市生活者の基準による地域比較に始終する傾向にある中央におけるものの考え方や見方では、各地域将来像を模索している状況を把握できなくなってきたのです。

 都市化は各地域で進み続けています。北海道は一次産業が特化していますが異業種の人が徐徐に増えて、地域は一昔前の農業など同じ生業の人だけの社会から開かれた社会に変わりました。原料供給型の産業も変質しています。

 地域産業の育成に関連して「地域はもっと情報発信を…」「大きなマーケットである大都市にアピールしなさい…」「大手流通に商品を売り込みなさい…」などは中央からの人が講演などでよく使う言葉ですが、それは一概に良い結果をもたらすとは云えません。他力本願の情報発信媒体を使い、大手流通の誘いに無理な設備投資をして企業規模を拡大して予定数量を維持するために苦労を重ね、その後に倒産した企業や、大手に買収された企業は少なくないのです。大手の傘下に入りますと地域の意向に係らず整理撤退を余儀なくされることもあります。

 グローバリゼーションの勢いに目を奪われ、主体性なき事業展開や拡大は極めて危険といえるのです。

 それと対照的な地産地消は規模こそ大きくありませんが、経済活動として地域に成り立ち得るシステムです。またネットが発達した今日では作り手は地域を越えて商品を必要とする遠くのユーザーともつながることができます。グローバル時代に入り、国を超えた生産流通システムや量的競争の世界に目が行きがちになりますが、一方いろいろな意味での「マイナー」への世界の人々の関心も決して低くはないのです。もっともマイナーがメジャー化することもありますが…。

 また、地域の生活環境や施設づくりで、その地域に精通していないコンサルタントやアドバイサーにより、その土地に住む人の生活感覚から乖離したものやパターン化した構想と設計で没個性なものがつくられるケースも目立ってきました。インフラ整備といえどもその土地へのふさわしさの観点からの熟考は欠かせません。

 マイナーな世界の理解やそこのさまざまなものの構築には、普遍性を持つと錯覚しがちな中央視点から一旦離れて、地域視点で考えることが必要となってきたのです。身近な例を挙げますと、JR旭川駅が新しくなりましたが、一日の乗降客は一万人です。今後の人口減少を考えますとこの数字は減ることはあっても増えることはありません。首都圏の一般的な駅の十分の一以下の乗降客数なのですが、駅施設の規模はそれ並みに大きく、しかも首都圏の常に混雑する駅のように溢れる人を効率的にさばくための長い動線が採用され、これまで駅前道路から五十歩足らずで改札を通り札幌行き列車の座席に座れたのが数百歩も歩くことになりました。半年間冬期で −10℃以下の凍てつく寒冷地のホームには石のようなベンチが据えられ、エスカレータには長い列ができます。人気の無いホームに構内放送がガンガンと響き渡り話の内容が聞き取れません。科学技術が進んだ今日ですが音響工学はどうなっているのでしょうか。河畔の大きな建物は近年よく使われる全面ガラス張りですが愛鳥家は小鳥たちの激突死に心を痛めています。

 

3 独自文化の形成

 地域視点は、現状に満足または不満の少ない地域の人々には、あまり意識されません。

 また時代の「主流」的存在である大規模都市など個人の力ではいかんともしがたい所では、どうしても地域への参加意識も希薄になりがちです。しかし例外があります。早くから地域意識をもち独自文化形成の実績を重ねて市民の間にそれが浸透しているところです。

 地域の現状を打破しようとする気概、良きものが失われる状況への危機感、先行きへの不透明感や不安感などがある時に、地域視点はクローズアップされます。そしてこれまでに培われた誇りや描く夢を、ものや身の回り、生活、さらに地域文化に表す衝動が生じ、創作活動が始まるのです。

 気候風土、歴史、人々の意識、規模はそれぞれ微妙に異なり、地域は基本的にマイナーな存在です。

 日々呼吸する空気や口にする食物、目にする風景、肌で感じる四季の移ろい、人の数、つきあい方や言葉などが人々の精神や身体の形成に影響を及ぼすとするならば、そこから生まれるものは個性的になる可能性がありましょう。

 また主流に馴染めず、それから自由になることへの望みが強ければ、創造活動の集積は独自文化の形成へとつながることでしょう。

 もし、その考え方やつくられるもの、そこの生活が地域を越えた人にとって心地良いものであるなら、その土地に関心を持つ人、訪れる人、移り住む人の数にそれは反映します。所謂情報を発信することが全てではなく、受け手側が本来備えている鋭敏な受信能力を信じることで、旭川家具や旭山動物園の例を挙げるまでもなく、マイナーはマイナーなりに充分に存続しうるのです。

 マイナーという言葉は、さまざまな数値、規模、知名度などが決して大きくなく、趣向特徴もどちらかというと少数派ですがクオリティはメジャーに勝るとも劣らない、という意味で使いましたが…。

 地域特性の自覚やビジョン、それへの一人一人の高い関心、お互いの信頼感などが前提になりますが、その意味で今こそ地域デザインジャーナリズムが影響力を持つことが望まれます。企業、商品、行政の施策など作り手の一方的紹介にとどまる大方のジャーナリズムの風潮のなかで、デザインビジョンを語り、歯に衣を着せないデザイン批評が市民の日常的会話の中で交わされるようになるために、地域デザインジャーナリストとデザイン評論家の登場が地域に待たれます。

 

4 地域にとって有能なる人材の育成が使命

 伝統があり、自然が豊かで、生活が便利、特産品もある、そして今日のテーマの高等教育研究機関がある、これらは地域にとって大きな財産ですが、とりわけその地で活躍する人たちこそが最も大切な財産です。人あってこそ全ての歯車が回りだすのです。地域がその人材育成と定着に力を入れるなら、明日が見えてくるのです。

 「日本•地域•デザイン史1」は、京都に並ぶ金沢の伝統文化が今日あるのは、並々ならぬ費用を長年にわたり絶間なく人材育成に投じてきた努力が背景にある、と述べています。旭川では、要所要所に職人の国内外派遣や大学誘致など行政の人材育成の施策がなされ、今日の高水準のデザインと木工技術が築かれています。

 地域の高等教育のあり方は転換期にあります。高レベルの高等教育研究は地域にあっても永久に求められ続けられます。高水準の教育で全国からそれを求める学生を集まるのは良いことですし、その高水準は地域の創造活動においても大前提ですが、それに加えて優れた人材が他の地からも含めて最終的に地域に定着する仕組みが同時に求められています。

 卒業後すぐに地元に就職しなくとも、たとえば鮭が帰ってくるように修行を積み、また世界各地で経験を積み戻って来る地域、身につけた技術や能力が活かせる地域にするにはどうしたらいいのでしょう。

 実社会の中で活躍する人が備える特性、そして個人の人生の充実に対して用意すべき特性の解明を試みたキー•コンピテンシー(Key Competencyの考え方を、地域の教育機関の仕組みあり方に重ねると、いくつかの道筋が見えてきます。

 教育を通して特化した技術を身につけるとともに、多様な問題解決に取組む際に技術を創造的に展開する能力が実際には強く求められています。そのデザイン•ものづくりの教育カリキュラムはどのようなものなのでしょうか。

 異分野、異文化、異環境、異世代など自分のそれと異なる世界に足を踏み入れますと、思考や活動、人や社会とのつながりが飛躍的に広がり、人や地域への理解が一層深まります。そのために地域の高等教育機関は何ができるでしょうか。

 日本ではこれまでほぼ常識となっている二十歳半ば頃までで終わる高等教育を、そこで限らずにその先も多様な学習機会があり必要を感じた時に教育を受けられる社会こそ充実した人生を送れる、との考えを一般化、具体化するために、地域の教育研究機関と企業、団体でどのようなシステムを構築したらよいのでしょうか。

 今日、コンソーシアムなどでこれに近い試みを実施し始めたところも少なくありません。しかしこれまでの学問体系の枠を超え、それぞれの現場の慣行を超え、キャンパスと社会の壁を乗り越えているでしょうか。教育を受ける側の立場を深く理解しているでしょうか。与えられたものではなく自ら工夫を重ねそれを構築して、地域体質の欠かせない一部となることが望まれます。

 

5 高等教育機関体系の再考を

 デザインは、これまでさまざまな社会の要請にその都度取組んできました。例えばプロダクトデザイン系では造形、材料加工法、生産技術をはじめ、人間工学、コスト、マーケティング、セマンティクス、様式、安全、エコ、デジタルツール、ユニバーサル、感性工学などがデザイン教育の中に重層的に組み込まれてきました。他の学問分野に比べて、デザイン教育は広い視野、多くの創造の体験と技術の習得、表現、問題の解決を一貫して重要視してきました。

 学部を卒業するまでに学生が授業で提出する課題、分析やオリジナルのデザイン提案は、六十を超します。しかし社会で専門分化が一層進む中で、デザインはともするとセンス勝負のような狭い職域に位置づけられて、教育により培った能力が未だに生かしきれない状況もあります。工業や商業が盛んな地域に限らず、例えば一次産業主体の地域にも目を向けねばなりません。そのためにはデザイン教育研究自体も、農業を始めデザイン対象を大幅に広げ、新たな動機づけやメソッドを開発する必要があります。

 地域の資源、受け継がれてきた考え方や技能、地域特性から生れ育った生活様式、歴史に関してカリキュラムの充実が求められます。一つのことを極めればすべてに通じると云われます。技術のあれもこれもの必要はありません。

 旭川の場合は木工技術がそれにあたりましょう。森林資源をバックに持ち多くの職人が育ち、デザインが作り手にかなり定着しているからです。しかし農業など一次産業との関わりは未知の世界と云えます。

 これまで自分が知っている世界と異なる世界との出会いは、デザイン教育そのものが近代以降長い間その役目を果たしました。所謂デザインとの新鮮な出会いです。そのデザインが今日、社会のいろいろな局面に及びさらにより深く掘り下げようとする時、自分と異なる環境、社会体制、文化や人に触れる、壁を乗越える、受け入れることが、飛躍の原動力になると期待されます。

 旭川は積雪寒冷の気候で、まだ開基百二十余年の自然豊かな若い都市です。日本の多くの都市に比べてその場所そのものに現代の非日常の世界がある都市と云えましょう。また四半世紀になる世界で最高位に位置づけられている木製家具国際コンペティション(IFDA)は世界の人や文化との接点となっています。

 長い人生の中で自分を高めようとする時にさまざまなチャンスのある地域には、意欲ある人の定住が進みます。旭川で木工房を営む方が「旭川デザイン史」の中でアンケートにこう答えています。「…住む所に工芸指導所、木材会社、家具製造会社、同業者があり、旭川を選んで正解だった」と。また旭川の家具会社のカンディハウスや匠工芸ほかでは、そこで働いた社員が退職(卒業)独立して工房をつくり活躍している例が多数あり、企業が実質的に高等教育相当のサポート役を担っているのです。自然豊かな大地など他にもさまざまな理由があるでしょうが、旭川に移住される方は少なくありません。このような状況からも、地域の高等教育の明日が垣間みられるのです。

 しかしこれらのことは広く市民が共有するものになっていないことも事実で、新たな取り組みにあたり市民の地域認識は大切な要件のひとつと云えましょう。

 次の時代の高等教育体系に求められるものを旭川のいくつかの事例を通して紹介しました。基本のところは同じですが、具体的には地域地域によって内容考え方はかなり異なってくると思います。

 国の中の地域という宿命はありますが、新しい地域の大学ないしデザイン•ものづくり高等教育機関は、その地域の未来を切り開くために欠かせない創造の核となることで、少子化や過疎化、教育機関間の競争激化、東京集中の流れなどどちらかというと中央視点の明日の見えない状況説明をはねのけて、その役割を果たし続けるはずです。

 

 

 

 

注:キー•コンピテンシー(Key Competency) 

 より複雑化するこれからの社会に適合するための能力の主要概念。この解明に取り組んだ経済協力開発機構OECD)の国際的プロジェクト DeSeCo(デセコ Definition and Selection of Competencies Theoretical and Conceptual Foundations)は「個人の人生の成功」と「それに機能する社会」の観点で教育を捉えた。